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「ワイプアート」が出来上がってみると、昔、油絵をやっていた頃のことを思い出していた。
その当時、城をテーマにして地方の城下町を駆け巡りわびの世界を取り入れようとのねらいからキャンバスに油絵の具で描いた後、油絵の具をバーナーで焼き気泡が生じた後、雑巾やたわしでその気泡を擦り落とすことでざらざらした感触と渋いマティエールが出来上がりそれが城のテーマと良く合い一つの世界を構築していた。
これら一連の作品は日本橋丸善で開催したグループ展で初めて出品したものだった。その2年後、ある画家が私がすでに発表した技法と同じ技法を(株)美術出版社で出している月刊誌「美術手帳」に発表していたのを思い出し、ワイプアートは早めに発表する事にした。
玄光社から出ている月刊誌「illustration」誌に1986年6月号に掲載して頂いた。翌年、三菱製紙(株)から「ワイプアート」の本を出す事になった。誌名は「印画紙もキャンバス」。
「ワイプアート」技法も急速に広がりを見せ、デザイン制作会社などではプレゼンテーションなどの他、スクラッチイラストレーターにも利用されていった。しかしこの「ワイプアート」技法の広がりから数年後、コンピュータソフトの進歩から広告代理店、デザイン制作会社などではコンピュータ導入が進み、「ワイプアート」技法も7〜8年と短い命で終わった。
日本イラストレーター倶楽部、JICアートスクールを設立する迄の永い年月は私にとって仕事一途だったような気がする。イラストレーションと共に歩いたこの年数を振り返った時、他のことは何も考える余裕がなかったのか、それとも時代を駆け抜ける面白さで無我夢中の時間を過ごしてきたのかも知れない。
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