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矢来町へ移転して一年が過ぎた頃、マッキャン・エリクソン博報堂(現在のマッキャン・エリクソン
/ 本社ニューヨーク)から若いデザイナーが訪ねてきた。用事は「絵を貸して欲しい」とのことだった。
その当時は仕事に追い回され油絵を描くなんて、昔のことのように思い、すっかり忘れていた。というより、すっかり脳裏から消し去っていた時期だった。
そんな私に「絵の見本を貸して欲しい」の一点張りで腰を上げようともせず、いつまでも居座り続け夕日が赤く窓を照らす頃になっても帰ろうとしない若いデザイナーに根負けしてしまった。3日間の時間を貰って見本を描く事になった。
その絵が他の7〜8人の絵描きさんの中から選ばれ私に決まった
事を告げられた。その仕事は、三菱自動車のイラストレーションを担当する事だった。なぜ、私を知っていたのか随分後まで疑問を持っていた。
ある日、勇気を出して尋ねてみたら私の展覧会を毎回見に来て
くれる知人の紹介であった。これをきっかけに、イラストレーターへの道を歩む事になるとは夢にも思わなかった。
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